自然を見ること、異なる他者と多様性と

 新刊『自然をこんなふうに見てごらん 宮澤賢治のことば』(山と渓谷社)が発売されて、きょうで1週間になりました。

 おかげさまで、まずまず好調なすべり出しで、アマゾンの「植物観察ガイド」というカテゴリーでベストセラー1位になったり、山と渓谷社のランキングで5位になったりしています。わたしの本で、こんなふうにランクインすることは、とても珍しいので、ソワソワの日々が続いています。

 これは余談ですが、本が出たばかりの作者が、どんな気分でいるかは、ひとそれぞれだと思います。

 わたしの場合は、本に込めた思いは伝わるだろうか、読者さんに喜んでもらえるだろうかと、ハラハラ、ドキドキで、書店に自著が並んでいるのを見るだけでも緊張して心臓バクバク、書店さんに「著者です」とごあいさつするのは、かなりの思い切った行動です。度胸がなくて、すみません。

写真をクリックするとアマゾンの紹介ページに移ります。

 今回の新刊では、宮澤賢治の優しさをぎゅっと詰めこんで、「あしたも生きよう」と、そっと肩に手を添えてくれるような本を目指しました。

 その作品を、恋というキーワードで熟読したり、音楽とともに朗読したりして、つくづくと思うのは、宮澤賢治は100年も前の大正時代に「LOVE&PEACE」、愛と平和を強く訴えていたということです。

 賢治の言う「ほんとうの幸い」が何であるかは、いろいろな考えがあるでしょうが、わたしはシンプルに、あらゆるいのちが無益に争うことなく、互いに慈しみをもって存在し続けることではないかと読みとります。

 それは、彼がナチュラリストであったことと無縁ではありません。

 生きものは多様に存在しており、それぞれに異なる世界を感じています。自然を見つめるとは、異なる他者を理解するための道すじでもあります。

 そして異なる他者を、異なるという理由で攻撃したり排除したりしてよいわけではないことは、言うまでもありません。

 自然においては多様性が重要であり、あらゆる存在が多様なままに存在し続けることが望ましいと考えられます。

 異なる他者を理解し、共存の努力を続けることは、知能と技術を持つ人間にとって、その能力を行使すべき唯一の方向で、それは決して、他者への攻撃に使ってはならないのだと思います。

 宮澤賢治はそのことを、少なくとも自然を見るなかで理解していたものと、わたしは考えます。

 新刊では、あくまでも身近な自然を見るコツについて言及しています。

 世のなかを見れば、戦争や政治、あるいは差別について思うことはもちろんありますが、身のまわりのあらゆるいのちに、温かなまなざしを向けられるひとを増やすことが、遠回りでも戦争や差別への抵抗につながると信じています。

 また、いまの世のなかに絶望を感じている方々がたくさんおられるからこそ、とにかく「あしたも生きよう」と呼びかけることに努めました。

 どうか、さまざまな方のもとに届いて、皆さまのこころに、小さくとも明るいひかりを灯しますように……。

 きのうは、とても暖かかったのですが、きょうは、大きなぼた雪が降っています。本格的に春が訪れるには、まだ少し待たなければならないでしょうか。

 生きものたちが動き始めましたら、写真でイーハトーブの春をお伝えしてまいりますので、新刊とともにご覧いただければ幸いです。

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 今週は、昨年から延期になっておりました講演会がひとつあります。

 賢治のふるさとであり、りんごの産地である花巻市の農協、JАいわて花巻さんのりんご部会で、「賢治りんごは幸せの味」と題してお話しします。

 わたしは宮澤賢治研究家ではありませんから、賢治について難しいことを論じたりはいたしません。

 賢治の書き残した言葉を易しく楽しくお伝えすることで、元気になったり嬉しくなったりするひとが増えれば、それがいちばん、賢治の意に沿うことではないかと考えています。

 賢治作品のなかで、りんごが出てくる部分を伴奏つきで朗読したり、教え子さんからうかがったりんごのエピソードをお伝えしようと準備しています。

 会のようすや、花巻で生産される「賢治りんご」の美味しさについては、追ってリポートいたします。どうぞお楽しみに!