心象スケッチ「小岩井農場」と賢治の恋

©Tamami Sawaguchi 引用および2次使用される場合は必ず事前にお知らせください。

 宮澤賢治は、母音で韻を踏むことを意識しており、その作中に、相思相愛の恋人ヤスさんの名前を記そうとしていました。

 20年近く賢治の恋を読み解いてきたわたしの、これがひとつの答えです。

 賢治が恋を記していたからと言って、その内容が事実であるとも、自身の体験であるとも限らない。そう考える読者もおられるでしょう。

 賢治の恋を、年譜にも載せられる事実として証明するには、ふたりが訪れた場所を特定するなど、実証的な調査が必要なのに違いありません。

 しかし、賢治がその作中に韻を踏んだ文章を織り交ぜていたことは、どなたにも検証可能な明らかな事実です。賢治は自らの作品に恋を記しただけではなく、その証拠を、作中に忍ばせていたのだと、わたしには思われます。

母音で韻を踏む言葉に恋を隠す

 くり返しになりますが、「クラムボン」は「韻を踏む言葉を探す者」すなわち「恋する賢治自身」という意味を持つと、わたしは考えます。

 そして「かぷかぷ」の「かぷ」が、ヤスの名と母音を同じくするという事実からは、

『クラムボンはかぷかぷわらったよ。』

 という文が、

「恋する賢治はヤス、ヤスと笑った」

 という意味を隠し持つことを意味します。

「かぷ」がくり返されて「かぷかぷ」というオノマトペになっている事実からは、先に紹介した心象スケッチ「マサニエロ」を思い出します。

 (なんだか風と悲しさのために胸がつまる)
ひとの名前をなんべんも
風のなかで繰り返してさしつかへないか

 風は英語で「wind(ウインド)」です。その文字列のなかに「in(イン)」という言葉が含まれることは、決して偶然ではないのでしょう。 

 賢治は韻のなかで、ヤスの名前をくり返していたのです。

 さらに、賢治はヤスさんの名前と同じ母音で韻を踏む言葉を、さまざまな箇所に用いています。

 たとえば花巻農学校を辞めたあとの賢治は、農村を豊かにするべく「羅須地人協会」を設立します。「羅須」とはどういう意味かと問われた賢治は、

「花巻を花巻と呼ぶようなもので、深い意味はない」

 と答えたと伝えられますが、その母音は「a-u」です。わたしには、賢治自身を表す「修羅」の「羅」に、ヤスの「ス」に漢字を当てて組み合わせたものに思われます。「羅須」は、「賢治とヤス」という意味を含むことになるのです。

 そして修羅と言えば、「春と修羅」の「春」もまた「a-u」の母音を持ちます。修羅が賢治自身を指すとすれば、「春と修羅」というタイトルは「ヤスと賢治」という意味を併せ持つことになります。

 母音に注目して言葉の意味を見直してみると、生前の賢治が自費で出版した『春と修羅』は、いっそう重要な意味を持つことが分かります。

母音を確かめながら『春と修羅』を読む

 そのタイトルに「恋」という文字が入る心象スケッチ「恋と病熱」は、『春と修羅』の「序」によって指定された真の巻頭とも考えられる、重要な作品でした。

 ここでもういちど、その母音を見直してみましょう。

  恋と病熱

けふはぼくのたましひは疾み
烏さへ正視ができない
    あいつはちやうどいまごろから
 つめたい青銅の病室で
 透明薔薇の火に燃される
ほんたうにけれども妹よ
けふはぼくもあんまりひどいから
やなぎの花もとらない

「恋」という言葉の母音は「o-i」で、妹の名「トシ」と同じです。したがって「恋と病熱」は、「トシと病熱」という意味を併せ持ちます。

 また、ここで「烏」は、単に漆黒の鳥という意味ではありません。「烏」の母音は「a-a-u」であり、3文字ではありますが「ヤス」と同じです。賢治はこの日、愛しいヤスさえ正視ができないのです。

 さらに「やなぎ」は「a-a-i」で、「愛」と同じ母音を持ちます。「やなぎの花」は、賢治にとって愛を象徴する花であったでしょう。

 母音で韻を踏むことを意識していた賢治は、このようにして、言葉に二重の意味を持たせていたのだと、わたしは考えます。

「恋と病熱」のつぎに収録されるのは、表題作でもあり、先ほど述べたように「ヤスと賢治」という意味を併せ持つ「春と修羅」ですが、そのなかに、

 すべて二重の風景を

 という1行が挿入されていることに、注目したいと思います。賢治の心象スケッチは、ひとつには「韻」によって、「二重」の意味を持っているのでした。

「小岩井農場」は恋の心象スケッチだ

 こうして母音を確かめながら『春と修羅』に収められた作品を見直してゆくと、美しい長編スケッチ「小岩井農場」が、これまで以上に重要な意味を持っていることが浮かび上がってきます。

 恋を記した心象スケッチは、そのほかの作品に比べて、明らかに意識的に韻を踏む傾向にあります。

 そのことは、「小岩井農場」の冒頭からも確かめられます。

   小岩井農場

パート一

わたくしはずゐぶんすばやく汽車からおりた
そのために雲がぎらつとひかつたくらゐだ
けれどももつとはやいひとはある
化学の並川さんによく肖たひとだ
あのオリーブのせびろなどは
そつくりおとなしい農学士だ
さつき盛岡のていしやばでも
たしかにわたくしはさうおもつてゐた
このひとが砂糖水のなかの
つめたくあかるい待合室から
ひとあしでるとき……わたくしもでる

  (後略)

 冒頭2行は、「ずいぶん」「すばやく」「くも」「くらいだ」が、いずれも頭に母音「u」を持ち、「汽車」「ぎらっと」「ひかった」が母音「i」を持って、文末は「た」で揃えているため、声に出して読めば分かりますが、リズムがあります。

 さらに「化学」「並川」「さん」の母音「a」の重なりは、賢治が意図して作り出したものです。なぜなら盛岡高等農林で賢治に化学を教えたのは「古川仲右衛門」だったからです。

 賢治はのちに、『春と修羅』に鉛筆で添削を加えたときに、並川を古川に直していますが、それは決して、並川が誤記であったことを意味するものではありません。

 ほんとうは古川なのに、韻を踏むためにあえて並川にしたことが、賢治にとって重要だったのです。そのためにも、実際には古川であったことも、書きとめておく必要がありました。

 並川さんのあとも、「オリーブ」「そっくり」「おとなしい」「農学士」と頭を「o」で揃えるなどして韻を作り、「ひとあしでるとき」「わたくしもでる」と言葉を重ねます。

 そもそも「小岩井」はローマ字で書くと「koiwai」で、「koi」すなわち「恋」と、「ai」すなわち「愛」を含むことを、賢治は意識していたものと思われます。

「からまつ」にこめた愛

「小岩井農場」が、恋人ヤスさんへ贈られたものだと考えられる理由は、「からまつ」という言葉へのこだわりです。

「パート二」に、

「からまつの芽はネクタイピンにほしいくらゐだし」

 という表現があり、「パート七」には、

「から松の芽の緑玉髄(クリソプレーズ)」
「これらのからまつの小さな芽をあつめ/わたくしの童話をかざりたい」

 との表現が見られます。

「クリソプレーズ」は、美しい緑色をした玉髄のなかまで、研磨されて宝石としても扱われます。

 カラマツはマツでありながら秋には落葉します。したがって春には新たに芽吹くのですが、明るい緑色をした松葉の小さな束が、枝いっぱいに点々と散りばめられて伸びてくるさまは、ほんとうに愛おしいものです。

 ですから賢治が、こんなふうにカラマツの新芽を愛しく表現することは、大いに共感するところです。

 ところがその母音を見ると、その愛しさは、いっそうはっきりとしてきます。

「まつ」は「a-u」、「からまつ」は「a-a-a-u」で、ヤスと母音を同じくします。

 さらに、カラマツの学名は「ラリックス」で、あいだに文字を挟みはしますが、「ラ」ではじまり「ス」で終わる、つまり「ラス」という文字を含む言葉になり、やはり「a-u」を含みます。

「からまつ」は、どうしても「a-u」につながる言葉なのです。賢治はその新芽の愛しさを、ヤスさんに重ねているものと思われます。

 そしてこの心象スケッチのラストで、ラリックスはくり返されます。

ラリツクス ラリツクス いよいよ青く
雲はますます縮れてひかり
わたくしはかつきりみちをまがる

「青」は、しばしば恋情を表現するのに使われる色で、ヤスさんを描写したと思われる心象スケッチ「春光呪咀」にも登場します。「春光呪咀」は「春と修羅」のつぎに収録された作品で、「恋と病熱」とともに真の巻頭3部作とも呼べる重要な作品です。

 また「雲」は、「恋愛」を意味することがあります。その高まりを表す「ますます」が、母音「a-u」のくり返しであることも、計算され尽くした結果でしょう。

 賢治はここで、ヤスさんがどんなにか愛しくて、恋がいよいよ深まっていることを、韻に託して表現しているものと読み解けます。

「小岩井農場」のラスト1行で、賢治がかっきりと曲がってゆく先は、ヤスさんとの恋に突き進む方向であったと、わたしは考えます。

黒いインバネスは男性なのか

「小岩井農場」で、最も明瞭に韻を踏むのは、「パート二」です。

 少し長いのですが、全文を引用しましょう。

 パート二

たむぼりんも遠くのそらで鳴つてるし
雨はけふはだいぢやうぶふらない
しかし馬車もはやいと云つたところで
そんなにすてきなわけではない
いままでたつてやつとあすこまで
ここからあすこまでのこのまつすぐな
火山灰のみちの分だけ行つたのだ
あすこはちやうどまがり目で
すがれの草穂もゆれてゐる
 (山は青い雲でいつぱい 光つてゐるし
  かけて行く馬車はくろくてりつぱだ)
ひばり ひばり
銀の微塵のちらばるそらへ
たつたいまのぼつたひばりなのだ
くろくてすばやくきんいろだ
そらでやる Brownian movement
おまけにあいつの翅ときたら
甲虫のやうに四まいある
飴いろのやつと硬い漆ぬりの方と
たしかに二重にもつてゐる
よほど上手に鳴いてゐる
そらのひかりを呑みこんでゐる
光波のために溺れてゐる
もちろんずつと遠くでは
もつとたくさんないてゐる
そいつのはうははいけいだ
向ふからはこつちのやつがひどく勇敢に見える
うしろから五月のいまごろ
黒いながいオーヴアを着た
医者らしいものがやつてくる
たびたびこつちをみてゐるやうだ
それは一本みちを行くときに
ごくありふれたことなのだ
冬にもやつぱりこんなあんばいに
くろいイムバネスがやつてきて
本部へはこれでいいんですかと
遠くからことばの浮標をなげつけた
でこぼこのゆきみちを
辛うじて咀嚼するといふ風にあるきながら
本部へはこれでいゝんですかと
心細さうにきいたのだ
おれはぶつきら棒にああと言つただけなので
ちやうどそれだけ大へんかあいさうな気がした
けふのはもつと遠くからくる

 前半の「あすこ」のくり返し、中段の「ひばり」のくり返し、ひばりの描写は文頭を「o」で揃え、文末を「ゐる」で統一している点など、「パート二」は、まさにラップのように韻を踏んでいると言えるでしょう。

ちなみに「あすこ」は「a-u-o」で「ヤス」もしくは「ヤス子」を意味し、「ひばり」は「i-a-i」で「愛」を含みます。

 じつに念入りに韻を踏んでいるという事実は、「パート二」が、恋を記すうえで重要な意味を持つことを物語っています。

 あとで改めて詳述しますが、ヤスさんは渡米して3年後の1927年4月13日、シカゴで亡くなります。賢治はそのことを知ったのちに、つぎのような表現を含む心象スケッチを、ノート用紙に認めています。

恋人が雪の夜何べんも
黒いマントをかついで男のふうをして
わたくしをたづねてまゐりました
そしてもう何もかもすぎてしまったのです

「恋人」は、密かに賢治に会いに来るとき、「黒いマント」を被って、男のふりをしていました。

 すると、ここに登場する「くろいインバネス」が男性とは限りません。

 重要なので、再度、引用します。

冬にもやつぱりこんなあんばいに
くろいイムバネスがやつてきて
本部へはこれでいいんですかと
遠くからことばの浮標をなげつけた

「ことばの浮標(ヴイ)」とは、言うまでもなく「言葉の目印」、「合言葉」と解釈してよいのでしょう。

 冬の小岩井農場で、

「本部へは、これでいいんですか」

 と遠くから尋ねたのは、ヤス、そのひとであったと、わたしは推測します。

でこぼこのゆきみちを
辛うじて咀嚼するといふ風にあるきながら
本部へはこれでいゝんですかと
心細さうにきいたのだ
おれはぶつきら棒にああと言つただけなので
ちやうどそれだけ大へんかあいさうな気がした

 ヤスを見初めたばかりのころ、賢治はどうやら、冬の小岩井農場にヤスを誘ったようです。

 親しくなったばかりの女性を冬の小岩井農場に誘うなんて、虫好きがはじめてのデートで彼女を昆虫採集に連れてゆくようなものです。

 相手によっては、ここですっぽかされていても、おかしくはありません。

 ところがヤスは、来たのです。

 賢治が「見せたい」と言う冬の小岩井農場は、いったいどんなところなのか。

でこぼこの雪道を踏みしめ踏みしめ、遠くから歩いてきたのです。

賢治が、ヤスという女性をこころの底から好きになったのは、あるいはその姿が、きらきらと光る粉雪の向こうに、ぽつりと現れた瞬間だったのかも知れません。

小岩井農場は、賢治とヤスを読み解くうえで、これまで考えられてきた以上に、重要な場所かも知れない。

それがヤスの声だ

 心象スケッチ「小岩井農場」に与えられた日づけは、1922年(大正11)年5月21日です。

 この日、小岩井農場では雨が降らなかったそうで、作中に雨の描写があることから、日づけと実際の天候には、数日のずれがあることが指摘されています。どうやら心象スケッチに添えられた日づけは、いくぶん曖昧さを含んでいるようです。

 したがって、賢治とヤスがふたりで冬の小岩井農場を訪れた日にちも、心象スケッチに添えられた日づけをもって特定することはできませんが、少なくとも数日のずれであれば、1月上旬の出来事だったのではないかと思います。

アラジンのランプをとりに

「小岩井農場」の「パート一」には、つぎのように記されています。 

ほんたうにこのみちをこの前行くときは
空気がひどく稠密で
つめたくそしてあかる過ぎた
今日は七つ森はいちめんの枯草

 冬に小岩井を訪れた日は、空気の密度が濃く感じられ、小岩井の南西にある「七つ森」が、明るく見えたようです。

 これと符合する記述が見られるのは、『春と修羅』の「序」のつぎ、つまり巻頭に収められた「屈折率」です。

  屈折率

七つ森のこつちのひとつが
水の中よりもつと明るく
そしてたいへん巨きいのに
わたくしはでこぼこ凍つたみちをふみ
このでこぼこの雪をふみ
向ふの縮れた亜鉛の雲へ
陰気な郵便脚夫のやうに
  (またアラツデイン 洋燈とり)
急がなければならないのか

「屈折率」というタイトルは、物質によって光の進む速さが変わり、結果として光が曲がって見える現象を指します。具体的に言うと、空気の屈折率は約1で、水のなかでは1.3となるのだそうで、水のなかでは、物体は1.3倍の大きさに見えるということです。

 賢治は、小岩井の近くにある「七つ森」が大きく見えることを、水のなかの物体になぞらえて屈折率という言葉で表しているのです。

 また「屈折率」のなかで、

「わたくしはでこぼこ凍つたみちをふみ/このでこぼこの雪をふみ」

 とくり返される「でこぼこ」という表現は、「小岩井農場」の「パート二」で、後ろから「くろいインバネス」がやって来るところで、

「でこぼこのゆきみちを/辛うじて咀嚼するといふ風にあるきながら」

 と記されることと一致します。
(またアラツデイン 洋燈とり)
 との一行は、「アラッディン」と表記すれば「アラジン」と読むのであろうことが分かります。アラジン、そして「洋燈」と言えば、『アラビアン・ナイト』のなかの一話として西洋に紹介された「アラジンと魔法のランプ」が思い浮かびます。

 擦ると魔神が現れ、願いを叶えてくれるという魔法のランプ。アラジンはおしまい、国王の娘と結婚します。

 ほんとうに、賢治はこの日、魔法のランプをとりに行くようなこころ持ちで、雪道を歩いていたに違いありません。どのような方法で誘ったかは分かりませんが、もしもうまく伝わっていれば、うしろからヤスが歩いてくるかも知れないのです。

「屈折率」に添えられた日づけは、1922年1月6日でした。

冬の日のたいせつな思い出は『春と修羅』の冒頭に

 この日の日づけをもつ心象スケッチはもうひとつ、「くらかけの雪」があります。

  くらかけの雪

たよりになるのは
くらかけつづきの雪ばかり
野はらもはやしも
ぽしやぽしやしたり黝んだりして
すこしもあてにならないので
ほんたうにそんな酵母のふうの
朧ろなふぶきですけれども
ほのかなのぞみを送るのは
くらかけ山の雪ばかり
  (ひとつの古風な信仰です)

「くらかけ」とは、小岩井農場の北、岩手山のふもとに位置する「鞍掛山」のことです。

 小岩井農場は小岩井駅の北にありますから、小岩井農場を目指すときには、鞍掛山がよい目印になります。

 鞍掛山は、そう高くはありませんが長い尾根を持つ山で、その鞍部に積もった雪が、遠くからでも白く見えた、という地元の方の話があります。それがまさしく、「くらかけ」という地名の由来でしょう。

 この日は、「酵母」のような吹雪でしたから、鞍掛山の尾根の雪が、いっそう頼りになったでしょう。

 そして「小岩井農場」の「パート四」には、

(ゆきがかたくはなかつたやうだ/なぜならそりはゆきをあげた/たしかに酵母のちんでんを/冴えた気流に吹きあげた)

 という表現があり、冬に来たときの雪が「酵母」のようであったことが記されます。

「くらかけの雪」に記された、

(ひとつの古風な信仰です)

 という1行は、鞍掛山の雪を頼りに歩け、という地域の言い習わしを指しているのでしょう。

 あるいは、同じ日づけを持つふたつの心象スケッチの( )に入った1行ずつをとり出して続け、

(またアラツデイン 洋燈とり)
(ひとつの古風な信仰です)

 と読むこともできるように、わたしは思います。

 この日、冬の小岩井農場にヤスが来てくれるか否かは、賢治にとって、魔法のランプを手に入れられるか否かに匹敵する一大事でした。

 もしもヤスが来てくれたら……賢治は魔神の力を借りてでも、彼女と結婚したいと思ったでしょう。

 賢治は、ランプに魔神、もしくは精霊が宿るという西洋の伝説を、「古風な信仰」と書いたのではないでしょうか。

 このようなわたしの読み解きが当たっているとすれば、『春と修羅』の冒頭に収録された「屈折率」と「くらかけの雪」は、ともに大畠ヤスさんに関連した心象スケッチであると判断できます。

 「序」によって指定された真の巻頭は「恋と病熱」でしたが、実際の巻頭もやはり、恋にまつわる心象スケッチだったのです。

雉子という漢字にこめられたもの

 俺を見つけたら、「本部へはこれでいいんですか」と声をかけてくれ。

 賢治はおそらく、そうヤスに伝言していたのでしょう。

「小岩井農場」の「パート二」に記された、

「本部へはこれでいいんですか」

 というせりふは、女性の声で語られたものだったと、わたしは考えます。

 そしてそれ以降、「小岩井農場」のなかで回想される冬の小岩井農場では、賢治はひとりではありません。傍らには「くろいインバネス」、すなわち愛しいヤスが、並んで歩いているのです。

「小岩井農場」の「パート四」には、冬の日の思い出がくり返し記されます。

冬にはこゝの凍つた池で
こどもらがひどくわらつた
 (から松はとびいろのすてきな脚です
  向ふにひかるのは雲でせうか粉雪でせうか
  それとも野はらの雪に日が照つてゐるのでせうか
  氷滑りをやりながらなにがそんなにをかしいのです
  おまへさんたちの頬つぺたはまつ赤ですよ)

 光る野原を見て無邪気に語り、子どもたちに話しかけるのは、賢治でしょうか、ヤスでしょうか。

 ヒントは「パート四」の中段に出てくる「雉子」です。

それから眼をまたあげるなら
灰いろなもの走るもの蛇に似たもの 雉子だ
亜鉛鍍金の雉子なのだ
あんまり長い尾をひいてうららかに過ぎれば
もう一疋が飛びおりる
山鳥ではない
 (山鳥ですか? 山で? 夏に?)
あるくのははやい 流れてゐる
オレンヂいろの日光のなかを
雉子はするするながれてゐる
啼いてゐる
それが雉子の声だ

 キジが目の前に現れたのは、5月なのか冬なのか、明記はされていません。

 しかし、ふいに差し挟まれる、

 (山鳥ですか? 山で? 夏に?)

 というせりふは、賢治が自問したにしては不自然で、誰かに問いかけられたものと思われます。

それが冬であれば、賢治はひとりではありません。おそらくは会話のなかで、

「以前は山鳥を見たこともありますよ」

 などと賢治が言い、それに対してヤスが問いを重ねたのでしょう。

 そして賢治は書くのです。

「啼いてゐる/それが雉子の声だ」

 ここでキジという鳥の名が、漢字で書かれていることに、わたしは注目します。

「雉」という漢字を分解すると、偏は「矢」で、旁は鳥を表すという「隹」です。読みは、「矢」は言うまでもなく「や」で、「隹」は「すい」でしょう。

 つまり「雉」という漢字は、「やす」という音を含んでいます。「雉子」は「やすこ」すなわちヤスを意味するのではないでしょうか。

「それが雉子の声だ」

 という1行は、

「それがやすこの声だ」

 という意味をあわせ持ち、「小岩井農場」の「パート四」に指し挟まれているせりふが、ヤスの口から発せられたことを暗示しているのではないでしょうか。

 そんな子どもの遊びのようなことを、あの賢治がするだろうか、という読者の声が聞こえてきそうです。

 けれども、韻に託してヤスの名前を記そうとしていた賢治のことです。ヤスという名前を記せるものなら、たとえ子どもの言葉遊びのようなことでもしただろう、そう、わたしは考えます。

あぶなっかしいセレナーデと雪の日のアイスクリーム

 冬の小岩井農場の思い出は続きます。

あのときはきらきらする雪の移動のなかを
ひとはあぶなつかしいセレナーデを口笛に吹き
往つたりきたりなんべんしたかわからない
     (四列の茶いろな落葉松)
けれどもあの調子はづれのセレナーデが
風やときどきぱつとたつ雪と
どんなによくつりあつてゐたことか
それは雪の日のアイスクリームとおなじ

「セレナーデ」は、「夜曲」と訳されることが多いのですが、「女性を称えるために野外で演奏される曲」という意味を持ちます。

 ヤスを誘ってはみたものの、ほんとうに来てくれるだろうか、無事に汽車を降りただろうか、道に迷ってはいないだろうかと、賢治は何べんも来た道を戻ってみては、その姿を探したでしょう。

 雪の日に小岩井農場に誘うなんて、賢治のセレナーデはほんとうに、「あぶなつかしい」し「調子はずれ」です。

 けれども、それでも来てくれたからこそ、ヤスへの愛しさが、いっそう高まったとも言えるでしょう。「雪の日のアイスクリーム」が、ときにとびきり美味しいように。

「アイスクリーム」は、妹トシの死を悼む「永訣の朝」にも出てくる言葉です。そのなかに「愛」という音を含むのは、偶然ではないのでしょう。

「小岩井農場」と「永訣の朝」の両方に、愛を意味するアイスクリームという言葉を入れたのは、ヤスとトシ、ふたりのたいせつな女性に対する、賢治の不器用なまでの平等さに感じます。

 妹トシの名は何度でも記すことができますが、恋人ヤスの名をそのまま記すことは決してできません。それでも賢治は、

(トシのことを書いたのと同じだけ、ヤスのことも書いているからな)

 と、平等さを強く意識していたように思います。その意識が、「小岩井農場」という長編スケッチを生んだのではないでしょうか。

「小岩井農場」は、恋人ヤスに捧げられた愛の心象スケッチです。

 この美しい長編スケッチの存在から、賢治が1924年の春に『春と修羅』を自費出版した動機のひとつは、アメリカに旅立つヤスさんに渡すためであったと、わたしは推測します。

 ふたりの恋が暗礁に乗り上げた時期の心象スケッチが空白で、その代わりに新聞に「やまなし」など3つのおはなしを載せたことも、ヤスさんが『春と修羅』を読んだときに、再び悲しむことがないように、という賢治の意志に感じます。

冬の小岩井農場は寒い。しかし、だからこそ見えるものもある。

 この章の終わりに、「パート九」の後半を、もういちど引用します。

じぶんとそれからたつたもひとつのたましひと
完全そして永久にどこまでもいつしよに行かうとする
この変態を恋愛といふ
そしてどこまでもその方向では
決して求め得られないその恋愛の本質的な部分を
むりにもごまかし求め得ようとする
この傾向を性慾といふ

 ここで印象的な2行、「この変態を恋愛といふ」と「この傾向を性慾といふ」の2行は、みごとに韻を踏んでいることを、付記しておきます。

「変態」と「恋愛」は「e-n-a-i」、「傾向」と「性欲」が「e-i-o-u」と、それぞれ母音を同じくしています。このように韻を踏むことは、意図していなければできないでしょう。

ラリツクス ラリツクス いよいよ青く
雲はますます縮れてひかり
わたくしはかつきりみちをまがる

 最後には悲しい結末を迎えるふたりの恋でしたが、少なくとも5月の小岩井農場で、賢治は確かに、ヤスと生きる決意を固めていたのでした。

 賢治はそのことを、誰よりもヤスに対して伝えたかったのでしょう。

大畠ヤスさん

 なお、こちらの記事は、連載読みもの「宮澤賢治 愛のうた 最終版」からの抜粋です。続きや前段をお読みになりたい方は、こちら ▶ https://kenjilovesong.com/kenjilovesong/ をご覧くださいませ。

オリジナル本『宮澤賢治 クラムボン 百年の謎解き』ご支援のお願い

 Tama&KumaQuattroMでは、7月に『宮澤賢治クラムボン百年の謎解き』を独自に出版いたします。

 長いあいだ女性とは縁がなかったとされてきた宮澤賢治ですが、じつは相思相愛の恋を経験していました。

 エッセイスト・澤口たまみは、その恋が宮澤賢治の作品中にどのように記されているか、20年にわたって読み解きを続けてきました。

 近年の読み解きでは、宮澤賢治が恋人の名前を「母音で韻を踏む言葉」に隠していたことが判明しつつあります。

 宮澤賢治の恋についての読み解きは、現在ホームページに連載中の「宮澤賢治 愛のうた 最終版」に記しておりますが、その内容に、未発表の内容を加筆して1冊の本にいたします。

 これまでの澤口の読み解きの集大成になります。

 出版費用を工面するため、現在、先行予約をお願いしておりますが、コロナ禍でTama&KumaQuattroMの活動が制限されており、資金ぐりが難しい状況です。

 1冊でのご予約は1,980円(+送料370円)。

 1,620円でオリジナルコーヒーをつけられます。

▼詳しくはこちらの記事をご覧ください。

オリジナル本とコーヒーのご案内 – クラムボンはかぷかぷわらったよ (kenjilovesong.com)

以下のようにご出資者さまを募集させていただきます。

『宮澤賢治 クラムボン 百年の謎解き』をまとめてご購入くださいませんか。

 いずれも1冊でお求めくださるより、割安になっております。店舗で販売する、読書会のお仲間でとりまとめてお申しこみくださるなど、用途は問いません。

●1冊サポート 2,350円

 1冊のみのご予約も、こちらからも承ります。

●コーヒーつき1冊サポート 3,970円

 コーヒーは岩手のコーヒー店によるオリジナルブレンド2種類です。備考欄に、豆と粉の別をご明記ください。

●5冊サポート 8,000円

 サイン本を5冊お送りいたします(送料はこちらで負担いたします)。

●10冊サポート 15,000円

 サイン本を10冊お送りいたします(送料はこちらで負担いたします)。

●20冊サポート 30,000円

 サイン本を20冊お送りいたします(送料はこちらで負担いたします)。

●ライブつき20冊サポート 85,000円

 サイン本を20冊をお送りするほか、Tama&KumaQuattroMの2名による宮澤賢治の恋を朗読と音楽で紐解くライブ「百年の謎解き」(定員20~30名さま)を開催します(会場は別途ご用意ください。東北圏外の場合、交通費補助のご相談をさせていただきます)。

●ライブつき30冊サポート 100,000円

 サイン本を30冊をお送りするほか、Tama&KumaQuattroMの2名による宮澤賢治の恋を朗読と音楽で紐解くライブ「百年の謎解き」(定員20~30名さま)を開催します(会場は別途ご用意ください。東北圏外の場合、交通費補助のご相談をさせていただきます)。

※ライブにつきましては、諸般の事情によりチケット制での開催はできなくなりました。最低料金を55,000円とさせていただきます。ご了承くださいませ。

 ご予約はこちらから承ります。必要事項をご記入のうえ送信ください。追って振込先口座番号をお知らせいたします。

 なお、ご出資者さまのお名前は巻末に記載させていただきます。記載不可、ハンドルネームをご希望の方は、必ず備考欄にお書き添えくださいませ。

宮澤賢治Voice&MusicCD心象スケッチ「小岩井農場」のご案内

 宮澤賢治の読み解きを続けているエッセイスト・澤口たまみは、国内外で数多くのアーティストと共演してきたベーシスト・石澤由松と組み、「Tama&KumaQuattroM」というレーベルで宮澤賢治作品のCD化にとり組んでいます。

 2022年は、「小岩井農場」「グスコーブドリの伝記」1、「グスコーブドリの伝記」2の、計3枚のCDを制作いたしますが、こちらでは「小岩井農場」単品でのご予約を承ります。

「小岩井農場」は、当初4月末発売を予定していましたが、※ベーシスト石澤が3月に緊急入院したため、発売が1か月ほど遅れる見込みです。ご予約の皆さまには、たいへんご迷惑をおかけいたしますが、なにとぞご理解くださいますよう、お願い申し上げます。

 宮澤賢治は、自らの作品に音楽を添えて朗読したいと願っていました。

 また、これまで女性とは縁がなかったとされてきた宮澤賢治ですが、じつは相思相愛の恋を経験していました。

 澤口の近年の読み解きにより、宮澤賢治が恋人の名前を「母音で韻を踏む言葉」に隠していたことが判明しつつあります。 

 韻を踏んだ言葉を、音楽にのせて読む。

 宮澤賢治の考えていたことは、いまで言う「ラップ」に、とてもよく似ていたものと思われます。

 そこでことしは、宮澤賢治作品をラップ調のビートにのせてCD化いたします。

 若者のものと思われがちなラップですが、石澤がエレキベースでつま弾くビートは耳に優しく、おとなのラップとして幅広くお楽しみいただけます。

 小岩井農場は、盛岡の西に位置する広大な農場です。

 心象スケッチ「小岩井農場」は、『春と修羅』に収められた長編スケッチで、1922年5月21日の日づけを持ちます。このとき相思相愛の恋をしていた宮澤賢治は、恋人を思いながら陽光のなかを歩いています。

 有名な心象スケッチ「永訣の朝」が愛しい妹トシに捧げられたものであるように、「小岩井濃縮」は、忘れ得ぬ恋人ヤスさんに捧げられたものであると、わたしどもは考えます。

 Tama&KumaQuattroMのCDは、皆さまからのご予約、お求めによって制作費用を工面しております。ご予約のお客さまは、ライナーノートに制作ご協力者さまとしてお名前を掲載いたします。

 ご芳名の記載を希望されない場合、ハンドルネームに変更されたい場合は、お申し込みの際に備考欄より必ずお知らせくださいませ。

 2022年のCDには、小岩井農場ゆかりの2店が、「特別ブレンド」を用意しています。

 コーヒー焙煎 風光舎 からまつ

 カフェOjacco ヴァンダイクブラウンの春

 ブレンド名は、いずれも「小岩井農場」の一節です。

 コーヒーは、200グラム 1,620円、豆と粉の別をお選びいただけます。

お値段、コース

●CDのみ 3,080円

●CDとコーヒー 風光舎 4,700円

●CDとコーヒー Ojacco 4,700円

●CDとコーヒー 風光舎&Ojacco 6,320円

いずれも送料370円がかかります。ご了承くださいませ。

 ご予約はこちらから承ります。必要事項をご記入のうえ送信ください。追って振込先口座番号をお知らせいたします。

カード決済をご希望の方はBASEのオンラインショップが便利です。

▼2022年制作のCD3枚セットのご予約は、下記の記事をご覧ください。

宮澤賢治Voice&MusicCDモリーオセットのご案内 – クラムボンはかぷかぷわらったよ (kenjilovesong.com)

オリジナル本とコーヒーのご案内

 Tama&KumaQuattroMでは、6月に『宮澤賢治クラムボン百年の謎解き』を独自に出版いたします。

 長いあいだ女性とは縁がなかったとされてきた宮澤賢治ですが、じつは相思相愛の恋を経験していました。

 エッセイスト・澤口たまみは、その恋が宮澤賢治の作品中にどのように記されているか、20年にわたって読み解きを続けてきました。

 近年の読み解きでは、宮澤賢治が恋人の名前を「母音で韻を踏む言葉」に隠していたことが判明しつつあります。

 宮澤賢治の恋についての読み解きは、現在ホームページに連載中の「宮澤賢治 愛のうた 最終版」に記しておりますが、その内容に、未発表の内容を加筆して1冊の本にいたします。

 これまでの澤口の読み解きの集大成になります。

 出版費用を工面するため、現在、先行予約をお願いしております。

 本のみのほかに、コーヒーといっしょにお楽しみいただけるコースをご用意しました。

●本のみ         1冊 1980円 送料370円 計2350円

●コーヒーと本(豆・粉)  1口 3600円 送料370円 計3970円

ご予約はこちらから承ります。追って振込先口座番号をお知らせいたします。

カード決済をご希望の場合は、BASEのオンラインショップが便利です。


表紙デザインは仮のものです。

宮澤賢治Voice&MusicCDモリーオセットのご案内

 宮澤賢治の読み解きを続けているエッセイスト・澤口たまみは、国内外で数多くのアーティストと共演してきたベーシスト・石澤由松と組み、「Tama&KumaQuattroM」というレーベルで宮澤賢治作品のCD化にとり組んでいます。

 宮澤賢治は、自らの作品に音楽を添えて朗読したいと願っていました。

 また、これまで女性とは縁がなかったとされてきた宮澤賢治ですが、じつは相思相愛の恋を経験していました。澤口の近年の読み解きにより、宮澤賢治が恋人の名前を「母音で韻を踏む言葉」に隠していたことが判明しつつあります。 

 韻を踏んだ言葉を、音楽にのせて読む。

 宮澤賢治の考えていたことは、いまで言う「ラップ」に、とてもよく似ていたものと思われます。

 そこでことしは、宮澤賢治作品をラップ調のビートにのせてCD化いたします。

 若者のものと思われがちなラップですが、石澤がエレキベースでつま弾くビートは耳に優しく、おとなのラップとして幅広くお楽しみいただけます。

 宮澤賢治は、盛岡中学、盛岡高等農林学校と、およそ10年もの月日を盛岡で過ごしました。多感な時期を過ごした盛岡の街を、賢治はモリーオと呼びました。

 賢治の思想や感性を育み、その作品にも大きな影響を与えたモリーオ。ことしのラインナップは、盛岡にちなんだ3作品を選んでおります。

●4→5月末お届け  心象スケッチ 小岩井農場

●8→9月末お届け  グスコーブドリの伝記 1

●10→11月末お届け グスコーブドリの伝記 2

お知らせ

 ベーシスト石澤が3月に緊急入院したため、「小岩井農場」の発売が1か月ほど遅れる見込みです。それに伴いまして、「グスコーブドリの伝記」1、2の発売を、1か月ずつ延期いたします。ご予約の皆さまには、たいへんご迷惑をおかけいたしますが、なにとぞご理解くださいますよう、お願い申し上げます。

※CDのお届けのない6月に、澤口たまみの自費出版本『宮澤賢治クラムボン百年の謎解き』をお届けすることもできます。よろしければ、下記のリンクをご覧のうえ、あわせてご予約ください.。

本とコーヒーのご案内 – クラムボンはかぷかぷわらったよ (kenjilovesong.com)

 Tama&KumaQuattroMのCDは、皆さまからのご予約、お求めによって制作費用を工面しております。ご予約のお客さまは、ライナーノートに制作ご協力者さまとしてお名前を掲載いたします。

●2022年CD3枚モリーオセット 10,000円

 単品でのお求めは 1枚 3,080円(税込み)+送料370円 3枚セットで、ほんの少しお得です。

 

 宮澤賢治朗誦伴奏では、CDといっしょにお楽しみいただけるコーヒーセットをご用意しました。コーヒーをご用意くださるのは、小岩井農場ゆかりの2店です。

 各回200グラムのパックにして、4月、8月、10月にCDをお届けする際に同封いたします。

コーヒーは3回のお届けで、1コース4,860円。

 ご協力いただけるお店は、雫石のコーヒー焙煎風光舎さん、矢巾町のカフェOjaccoさんです。

 コーヒーをあわせてご予約の方は、お申込みの際に、ご希望のコース(風光舎 豆・粉/カフェOjacco 豆・粉)をお書き添えください。

ご予約はこちらから、必要事項をご記入のうえ送信ください。追って振込先口座番号をお知らせいたします。

 カード決済をご希望の場合は BASEのオンラインショップ が便利です。

新年のごあいさつを申し上げます

 言葉にこめられた思いが100年のときを経ても届くのですから、同じ時代を生きる者どうしなら、言葉によって、ひとを笑わせることも励ますこともできるでしょう。

 賢治のこと、自然のこと、ことしも語ってまいります。皆さま、どうぞよろしくお願いいたします。

 2022年が健やかな年になりますよう、こころからの祈りをこめて。

ふたわんの雪

2021年は、2年ぶりに盛岡文士劇が開催される運びとなり、10月には稽古が始まります。
文士劇が中止になった2020年、岩手の作家たちは盛岡町家物語館で12月12~13日に行われた朗読劇に挑戦しました。
わたしにとっては、ささやかなフィクション作品を書くよい機会でした。
文士朗読劇で、石澤のコントラバスとともに朗誦伴奏いたしました原稿を、ここに掲載しておきます。 

 ある秋の日、降りしきる落ち葉の雨が、わたしに見せてくれた、ひとときの幻想です。

 ◆

 木々が、色づいた葉をしきりに降らせている。

 落葉松の林なんか、まるで金色の針の雨が降っているようだ。この落葉松の林を抜ければ、その先は少しだけ開けた草原になっている。そこで少しのんびりしようと、きょうはポットに珈琲を詰めてきたのだ。

 落葉松の落ち葉が、はらはらと落ちてきて髪や肩を飾った。

 わたしは、ふと立ち止まった。散歩が好きで、暇さえあればそこらを歩いているのだが、落葉松の落ち葉の雨に出会えたのは、もう何年ぶりのことだろう。

 木々はいつだって、ひっそりと葉を落としてしまい、気がつくと枝だけになっているのだ。

 そうだ、きょうはここで休憩しよう。わたしは、落葉松の林のなかの少し平らになったところに腰を下ろした。積もった落ち葉が、ふんわりと柔らかい。

「ほう」

 思わずため息をついて、空を見上げる。

 風が梢をごう、と鳴らし、またひとしきり金色の雨を降らせた。

 その雨のなかで、ふいにひとの気配を感じた。横目でそっと、左のようすをうかがう。確かに、いる。となりにひとりの男が座っているのだ。わたしは思い切って、顔を左に向け、両目でしっかりとその男を見た。

 縞のシャツを着て、胸ポケットには緑のフィールドノートと銀色のシャープペンシルを差している。彼が誰であるかは、すぐにわかった。わたしは、口のなかで、小さな喜びの声をあげた。

(ついに、来たな!)

 こんな日が来たら、まっさきに言おうと思っていた言葉があった。

「やあ、やっと姿を現しましたね。わたしはずいぶん、あなたの作品を読みましたよ」

 すると男は、聞いているのかいないのか、すましてフィードノートを出した。そして銀色のシャープペンシルで、こう書いたのだ。

「読者一名」

 その丸文字には見覚えがある。やっぱり彼だ。わたしは言葉を継いだ。

「実験の結果を、確かめに来たんですね」

『春と修羅』を出版したあと、彼は友人の森に手紙を送り、自らの心象スケッチについて、「或る心理学的な仕事」のために書きとっておくものだと言っていた。

 そしてわたしは、彼の言う仕事を、「時空を超えて気持ちを伝える実験」ではないかと考えていた。『銀河鉄道の夜』の第三次稿で、ブルカニロ博士がやったみたいにだ。

 彼が言葉にこめた思いは、百年後、二百年後の読者にも伝わるかどうか、また読み手によって、どのような伝わり方の違いがあるか……。

 彼の作品は多くの人びとに読まれ、論じられていて、なかにはわたしの考えを、「そんな実験、どうやって結果を確かめることができるんです?」と言うひともあった。けれどもわたしには、彼ならどうにかして、どんな手を使ってでも、確かめにくるだろう。そう思われてならなかった。

 だから、信じて待っていた。

 彼はなかなか、口を開かなかった。わたしは少しもどかしくなった。

「なんとか言ったらどうです」

 すると彼は、右手を差し出して、催促するように指を動かし、ぼそり、と言った。

「切符」

「え?」

「切符を見せてくれるかな」

「緑いろの切符ですね」

 切符、それは彼の作品によれば、野山をがさがさがさが歩いているうちに、ひとりでにポケットに入っている草の葉の切れ端を意味するはずだった。

 つまりは自然を愛する人間の証なのだ。それを持っていれば、いつかは「銀河鉄道」に乗ることだって可能なはずだ。ジョバンニだって、緑いろの切符を持っていたのだ。

 わたしは自然を愛しているけれど、さすがにポケットに草の葉は入っていまい。そう思いつつ、ポケットを探った。彼の書く童話なら、あるはずのない切符がいつの間にかポケットのなかに入っていることぐらい、当たり前に起こるのだ。

 が、これは童話ではない。切符の代りに、指先に触れたのはスマートフォンだった。急いでアルバムを開く。毎朝、毎朝、野原や林を散歩して撮りためた写真が、アルバムいっぱいに入っている。

「ほ!」

 彼は身を乗り出した。わたしはスマートフォンの画面をスクロールしながら、朝露をいっぱいにつけた草の葉や、柔らかな色合いの野ぶどうの実、小さな雨蛙が空を見上げている写真などを見せていった。

「ほらっ、これ、緑いろの写真ばかりでしょう? これがわたしの緑いろの切符です」

 彼はうなずいて、しばらくのあいだ、わたしがスクロールする写真に見入っていた。

「お!」

 と、彼が短い叫び声をあげたのは、『春と修羅』の表紙を写した一枚が、画面に現れたときだった。

「麻布に藍染であざみの文様を散りばめるなんて、ずいぶんおしゃれな装丁ですね」

 彼はちょっと、得意そうな顔をした。そして早口で言った。

「どうでした?」

 わたしは、正直に答えた。

「はっきり言って、ちんぷんかんぷんです。カタカナの専門用語が散りばめられていて。なんでもカタカナにすりゃあいいってもんじゃないんですよ」

 彼は顔をまっ赤にして、口をむずむずさせた。わたしは慌ててつけ加えた。

「でも、その分からなさが魅力です」

「魅力?」

「そうです。分からないから、いったいどういう意味だろうと考える。そのことが、楽しいんです。わたしは自然が好きだから、野原を歩いていると、あなたが書いたのと同じ景色に出くわすことがある。そんなときは、とっても嬉しくって」

 彼はまた、口をむずむずさせた。

「あなたの生前、あなたはほとんど無名だったと聞きました。でも、いまやあなたの作品は、世界じゅうで読まれているんです。あなたは、こうなることを信じていましたよね。わたしがあなたの作品を読むのは、あなたの夢を見る力が好きだからです」

 彼は、小さく「ほほっ」と笑った。そして手帳の「読者一名」という文字の下に、すばやく丸印をつけた。

「わたしだけじゃありません。たくさんのひとがあなたの作品を愛しています。いまにその手帳は、丸印でいっぱいになりますよ。ただ……」

「ただ?」

 彼は真顔になって、わたしを見た。

「あなたの思いが、正確に受け止められているかどうかは、わかりません」

 すると彼は、遠い目をした。

「それは、そうでしょう。はっきりとは書けないことも、ずいぶんたくさんありやんしたから……」

「だから、分かりにくいんですよね。はっきりと書けないことを、ぜんぜん違う言葉に意味だけ託したり、音の似ている言葉で言い換えたり、まるで暗号文を書くみたいに、いろいろ工夫してるでしょう? わたしだって、わからない言葉が山ほどあって、こうして本人と話せる日が来たら、あれもこれも聞きたい、って待ち構えていたんだから」

 彼は、とうとう歯を見せて笑った。

「山ほどかい! そいつはとても、答えきれないなぁ」

「そうでしょうねえ」

 わたしは肯いた。

「だったらたまに、こうして会えたらいいのだけど」

 風が梢を鳴らした。彼は、ちらっとそちらを見ると、口笛でも吹くような顔をした。

「さては、誰かといっしょですか?」

 わたしが尋ねると、彼は小さな声で、

「いまはもう、かつていっしょにいたいと願っていたみんなと、いつでもいっしょにいることができるんだ」

 と、つぶやいた。

 いつの間にか、まわりに無数の小鳥が集まっていた。

 ちーちー、じゅく、じゅく、ちゅるるっ、つつん、ちいちい……

 ちゅるるるっ、ちちん、ついつい、ちー、ふぃふぃふぃふぃ……

  小鳥たちの群れているところは、不思議とそこだけぽっかりと明るく、光に包まれているようだった。

 そのうちの一羽が、目の前の枝にとまった。首をかしげ、黒いつぶらな瞳で、じっとこちらを見る。

「あれは、まさか、妹のトシさん?」

 彼はまた、くすりと笑った。

「さあ、どうかなあ」

 わたしは黙った。

 彼には、とても仲のよい妹のトシさんのほかに、相思相愛の恋人がいたものの、周囲の反対にあって、悲恋に終わったことを知っていたからだ。けれども、いま、ここで、そのことを言うのは、早すぎる気がした。いつかまた、彼が姿を現してくれるのなら、そのとき、ゆっくりと聞こう。

「また、会えますか?」

「ん……そうですな。あなたのポケットのなかのその切符が、緑いろの写真で埋まっているうちは、きっと」

 彼は、みんなが思っているような聖人ではない。が、嘘はつかない。わたしは、ホッとしてため息をついた。

「じゃ、山ほどの質問は、おいおい聞いてゆくことにして……。きょうはひとつだけ、聞いてみたいことがあるんです」

「さて、なんだろう」

「いま、『春と修羅』のなかで、いちばん有名になっている心象スケッチは「永訣の朝」なんですが……。あのなかであなたは、妹のトシさんに食べさせる雨雪をとりに表へ出ますよね。あのとき、あなたはなぜ、お椀をふたつ持ったのでしょう?」

 彼は、ゆっくりと両手をあげた。その手のひらは丸まり、ふたつのお椀がのっているかのようだ。

「トシさんと、じぶんのため? そのふたわんは、ふたりの絆を示すものなのですか?」

 ちーっ!

 小鳥が鋭くまた鳴いた。

 ちっちー、ちゅるる、じゅくじゅく、ちゅるる、つつん、ちいちい、ちいちいちい……

「ああ、みんなが呼んでいる」

 彼は立ち上がり、一歩、足を踏み出して、そしてこちらをふり返って、言った。

「ひとわんは、とし子のために。そしてもうひとわんは、みんな、のためだ」

「みんなのため?」

「そうだ、そら、あなたにも!」

 そう言うと、彼の姿はにわかに見えなくなり、どこからか雪のかけらが飛ばされてきた。

 小鳥の群れは、やっとなかまが揃ったとばかりに、移動を始めた。

 その群れの最後に、小さな黒いきつつきがいて、

 ぎーいっ、ぎぎっ

 と鳴きながら、みんなを追いかけていった。

 その傍らにいて、きつつきを待っていた尻尾の長い小さな鳥が、トシだったのか、いまはもういっしょにいることのできる恋人だったのかは、わたしにはわからない。

 

   永訣の朝

けふのうちに
とほくへいつてしまふわたくしのいもうとよ
みぞれがふつておもてはへんにあかるいのだ
   (あめゆじゆとてちてけんじや)
うすあかくいつそう陰惨な雲から
みぞれはびちよびちよふつてくる
  (あめゆじゆとてちてけんじや)
青い蓴菜のもやうのついた
これらふたつのかけた陶椀に
おまへがたべるあめゆきをとらうとして
わたくしはまがつたてつぱうだまのやうに
このくらいみぞれのなかに飛びだした
   (あめゆじゆとてちてけんじや)
蒼鉛いろの暗い雲から
みぞれはびちよびちよ沈んでくる
ああとし子
死ぬといふいまごろになつて
わたくしをいつしやうあかるくするために
こんなさつぱりした雪のひとわんを
おまへはわたくしにたのんだのだ
ありがたうわたくしのけなげないもうとよ
わたくしもまつすぐにすすんでいくから
   (あめゆじゆとてちてけんじや)
はげしいはげしい熱やあへぎのあひだから
おまへはわたくしにたのんだのだ
 銀河や太陽 気圏などとよばれたせかいの
そらからおちた雪のさいごのひとわんを……
……ふたきれのみかげせきざいに
みぞれはさびしくたまつてゐる
わたくしはそのうへにあぶなくたち
雪と水とのまつしろな二相系をたもち
すきとほるつめたい雫にみちた
このつややかな松のえだから
わたくしのやさしいいもうとの
さいごのたべものをもらつていかう
わたしたちがいつしよにそだつてきたあひだ
みなれたちやわんのこの藍のもやうにも
もうけふおまへはわかれてしまふ
(Ora Orade Shitori egumo)
ほんたうにけふおまへはわかれてしまふ
あああのとざされた病室の
くらいびやうぶやかやのなかに
やさしくあをじろく燃えてゐる
わたくしのけなげないもうとよ
この雪はどこをえらばうにも
あんまりどこもまつしろなのだ
あんなおそろしいみだれたそらから
このうつくしい雪がきたのだ
   (うまれでくるたて
   こんどはこたにわりやのごとばかりで
   くるしまなあよにうまれてくる)
おまへがたべるこのふたわんのゆきに
わたくしはいまこころからいのる
どうかこれが天上のアイスクリームになつて
おまへとみんなとに聖い資糧をもたらすやうに
わたくしのすべてのさいはひをかけてねがふ

クラムボン賢治は「ヤス、ヤス」と笑った

 2021年5月に出版した『宮澤賢治おはなし30選クラムボンはかぷかぷわらったよ』(岩手日報社)は、宮澤賢治の30のおはなしを選んで読みやすくダイジェストしたのち、わたしなりの解説を加えて、「しょくぶつ」や「どうぶつ」、「しぜん」や「みらい」など6つの章に分けて、1冊にまとめたものです。

 解説は研究書とは一線を画し、一般の読者向けにごく平易な表現を選んでいます。

 宮澤賢治については、これまでさまざまに研究されてきましたが、研究書はむずかしく内容も多岐にわたり、これから賢治を読もうとするひとや、久しぶりに読み直そうというひとにとっては、いささかとっつきにくいのが現実だと思います。

 わたし自身、かつては膨大な研究書を前に、途方に暮れた経験があります。

 そこで『クラムボンはかぷかぷわらったよ』は、賢治のおはなしに分かりにくさを感じた読者さんがいたとき、

「このおはなしは、どんな解釈ができるのかな?」

 と参考にしていただき、ご自身なりに考えを深めるきっかけにしてもらえたら、と考えて企画しました。

 解説に当たっては、これまで意味不明とされてきた言葉にも自分なりの解釈を与え、意味不明のままで本にすることがないように努めました。

 なかでも熟考したのは、タイトルにも引用している「クラムボン」です。

 どこかに似た発音の言葉があるのではないかと、手持ちの『コンサイス英和辞典』をめくっていると、目にとまったのは「crambo(クラムボウ)」という単語でした。

 その瞬間、「crambo」という文字が光って見えたように思いました。 

『新コンサイス英和辞典』(佐々木達・編/三省堂/1985年)

「 crambo 」の意味は「韻探し」とあります。

 むろん、「crambo」が辞書に載っていることを見つけただけで、「クラムボン」と結びつける気はありません。

 多くの研究者が「クラムボン」の謎を解こうとしてきたなかで、「crambo」も、その「連想源」としてあげられてきたことは承知しています。ただ、「クラムボン」と「韻探し」の関係は、明瞭に解明されてきたわけではありません。

 しかし、わたしにとっては「韻探し」という意味は重要でした。

 これまで、あまり語られてこなかったことですが、宮澤賢治は花巻農学校に勤め、『春と修羅』を書いた大正11年に、大畠ヤスさんという女性と恋をしていました。

 このことについてはヤスさんのご遺族からも、事実である旨のご証言をいただいております。ところが、なにぶんにも昔のことで、証言には一部、記憶違いもありました。

 するとなかには、ヤスさんの存在すら疑わしいとする意見も出てきました。部分的な記憶違いで、証言そのものの信憑性が疑われることは、とても残念です。

 そこでわたしは、証言や物証に拠らず、賢治が書き残した言葉をていねいに探ることで、ヤスさんの存在を証明しようと、読み解きを続けてきました。

 たとえば、「やまなし」「氷河鼠の毛皮」「シグナルとシグナレス」は、大正12(1923)年の春に岩手毎日新聞に掲載された作品です。

 賢治の作品の多くは、原稿用紙のまま残され、活字になるに当たっては、たくさんの研究者がかかわりました。そのなかで、賢治自身が活字にして残していった作品は、賢治の意図をよりダイレクトに反映していると考えてよいでしょう。

 そして賢治には、この3作品を自分の手で活字にしておきたい理由があったと思われます。

 大正12年の春は、賢治とヤスさんの恋が周囲の反対により終わったと考えられるタイミングです。そして「シグナルとシグナレス」は、岩手軽便鉄道と東北本線の傍らに立つ信号の恋物語で、作中のシグナルとシグナレスもまた、周囲の反対に悩んでいます。

 わたしには、「シグナルとシグナレス」が、賢治自身の恋をモチーフにしていると思われてなりません。賢治はおそらく、自らの恋がオープンにされないことを予想していて、書き残そうと考えたのでしょう。

 賢治は、自身にとって大事な作品を「3部作」にしておく傾向があります。

 そこで、「シグナルとシグナレス」以外の2作品も、何らかの形でヤスさんの恋と関係しているだろうと、わたしは読み解いています。

 では「やまなし」が、恋に関係している証拠はどこにあるのでしょう。

 その読み解きを深めるなかで、「やまなし」すなわち「ヤマナシ」が、岩手弁では「ヤマナス」と訛ることに気がつきました。

 ヤマナシ、ヤマナス……ヤス!

 ヤマナシの花は心象スケッチなどでも、恋の対象として描かれることがあります。賢治は「ヤマナス」と「ヤス」の音韻の一致から、ヤマナシをヤスの化身として考えていたのではないでしょうか。

 音韻の一致に着目してみると、恋ごころを綴った心象スケッチに「ジャズ」という言葉が使われる理由や、農村の暮らしを豊かにしようと設立した「羅須地人協会」の「羅須」なども、ヤスの名前と無縁ではないと考えられました。

 しかしながら、賢治が「音韻の一致」によって「ヤス」の名を記録しようとしていた、という考えは、多くの賢治ファンにとって、にわかに納得できるものではなさそうです。

 そこでわたしは、「音韻」という観点で、賢治作品の読みを深めていたのでした。

大畠ヤスさん。賢治の恋人であったと考えられる。

 賢治のおはなしを朗誦伴奏によってCDに収めるようになったのは、Covid-19感染症の拡大により、対面でのおはなし会が開催できなくなったことが、いちばんの理由でした。

 けれども「音韻」という観点から賢治作品を吟味するのに、これ以上の方法はありません。

 次第に、賢治作品のあちこちに明らかに韻を踏んで、まるでラップのように読める箇所があることが分かってきました。

 2020年の4月、はじめて出した宮澤賢治朗誦伴奏CDは「やまなし」でした。

 春にちなんで、同時収録には「チュウリップの幻術」を選びました。すると、

「てくてく歩いてくるその黒い細い脚は、たしかに鹿に肖ています」

 という一行が、激しく韻を踏んでいることに気がつきました。

 さらに「雪渡り」を録音したときには、小狐の紺三郎が四郎とかん子に団子をすすめる、次のようなせりふが印象的でした。

「私のさしあげるのは、ちゃんと私が畑を作って播いて草をとって刈って叩いて粉にして練ってむしてお砂糖をかけたのです」

 もはやラップそのものです。

 賢治は確かに、韻を踏む言葉を探しながら作品を書いていたのでした。

 そこでわたしは、「クラムボン」は「crambo(クラムボウ)」をもじった言葉で、その意味は「韻を踏む言葉を探す者」すなわち「賢治自身」であろうと読み解きました。

「クラムボンは賢治自身である」というのが、わたしの考えです。

 ◆

 じつはこの読み解きに、賢治からのお墨つきをもらったような、不思議な出来事がありました。

 それは、激しい恋と嫉妬の感情を描いた「土神ときつね」を録音していたときのことです。

「土神ときつね」は、ひどく読みにくい文章で、録音の直前まで、そのイントネーションやリズムをどうするか、思い悩んでいました。

 賢治の作品は、声に出すことを意識して書かれているせいか、賢治の意図に沿った読み方を見つけるまでは、読みにくく感じられるのです。

 訛るか、訛らないか、流れるように読むか、リズミカルにビートを意識して読むかなど、作品ごとに試行錯誤してCD制作を続けています。

 しかし「土神ときつね」の読みにくさは、それまでにないものでした。

 わたしは文章教室の講師もしていますが、同じ言葉が一文のなかにくり返し出てきたり、語尾がずっと同じだったりすることは、できるだけ避けるようにお教えしています。

 ところが「土神ときつね」ときたら、同じページに同じ言葉が何度も出てきたり、「ました」で終わる文章がいくつも続いていたり。これが生徒さんの文章なら、思わず赤ペンを片手に、添削を始めてしまいそうでした。

 同じ言葉、同じ語尾のくり返しが、まさしく韻を踏んでいるせいなのだと気づいたのは、録音の3日前でした。

 気づくのに遅れた理由は、「土神ときつね」の場合、同じ文字で明らかに韻を踏んでいるだけでなく、本格的なラップのように、「母音」で韻を踏んでいる箇所が多かったためでした。

 つまり、「あざみ」と「やなぎ」には、同じ文字はありません。しかし、母音をチェックすると、いずれも「a-a-i」で、韻を踏んでいることになります。そういった箇所が、「土神ときつね」には、じつにたくさんあったのです。

 そう言われても、にわかには納得できない方も多いと思います。同じ言葉、同じ文字を単純にくり返しているわけではないので、黙読しているだけでは、韻を踏んでいることに気づきにくいのです。

 たとえば「土神ときつね」の冒頭を、声に出してお読みください。

 一本木の野原の、北のはずれに、少し小高く盛りあがった所がありました。いのころぐさがいっぱいに生え、そのまん中には一本の奇麗な女の樺の木がありました。

「いっぽんぎ」「きた」「いのころぐさ」「いっぱい」「いっぽん」「きれい」は、共通の母音「i」を持ちます。それを「のはら」「こだかく」「もりあがった」「ところ」「その」「おんな」という母音「o」を持つ言葉を「の」で結んでゆきます。

「いのころぐさ」は正式和名では「エノコログサ」ですが、「i」で韻を踏むことを意識して、あえて変えていると思われます。

 もう一例。

 夏のはじめのある晩でした。樺には新らしい柔らかな葉がいっぱいについていいかおりがそこら中いっぱい、空にはもう天の川がしらしらと渡り星はいちめんふるえたりゆれたり灯ったり消えたりしていました。

「なつ」「はじめ」「ある」「ばん」「かば」「あたらしい」「やわらかな」「は」、ここまではすべて、母音「a」を持つ言葉で構成されています。さらに「いっぱい」「いっぱい」の繰り返し、「ふるえたり」「ゆれたり」「灯ったり」「消えたり」という母音「i」を末尾に持つ言葉が続きます。

 このような箇所が、「土神ときつね」には数多く見られるのです。

 わたし自身、文章を書くので断言できますが、これが偶然とは考えられません。

 黙読したときの文章の違和感は、母音で韻を踏むために、苦心して言葉を選んだ結果であることが分かりました。

 賢治は「土神ときつね」において、徹底的に母音で韻を踏もうと試みているのでした。

 そう思って「土神ときつね」を読み直してみると、その文章の違和感は、母音で韻を踏むために、苦心して言葉を選んだ結果であることが分かりました。

 わたしは大急ぎで、母音で韻を踏んでいるところをチェックして録音に臨みました。
 
 言うまでもなく、わたしは本物のラッパーみたいに読むことはできません。
 が、せめて韻を踏んでいる箇所がどれだけあるか、つかんだうえで録音しようと思いました。

 そうして臨んだ録音本番。

「土神ときつね」の後半、恋をして嫉妬に苦しむ土神が恋敵のきつねを殺してしまったあとに、

「土神は口を曲げてあけながら」

 という表現がありました。

 じつを言うとそれは、朗誦伴奏おはなし会などで読むたびに、奇妙な感覚にとらわれるところでした。

「曲げてあける」
 とは、具体的にどういうことだろうと不思議に思いながらも、わたしは何の気なしに、「曲げて」と「あける」を続けて読んでいたのでした。

 すると録音に、雑音が入るではありませんか。

 それも、「曲げてあける」の「あ」のなかに、明らかに「チッ」という音が入っているのです。

 録り直しても、録り直しても、やはり同じ部分に「チッ」と……。

 そうして録り直すこと10回近く。
 その間、録音機器の電源をいったん落としてみたり、楽器を弾かないで、わたしだけで読んでみたり、いろいろ試行錯誤しましたが、どうしても雑音が入ります。

「雑音が入る理由は、もはやテクニカルなものでは説明できない」
 と、録音スタッフが弱りはてたとき、わたしはようやく、「曲げ」と「あけ」の母音が、いずれも「a-e」であることに気がついたのでした。

 ここも母音で韻を踏んでいるのに、なぜリズミカルに、それと分かるように読まないのだ。

 そう言っている賢治のこころの声が、はっきりと聞こえたように思いました。

 そこで試しに、
「土神は口を曲げて、あけながら」
 と、リズミカルに読んでみたところ、はたして雑音は入らず、無事に録音を先に進めることができたのでした。

宮澤賢治朗誦伴奏CD「土神ときつね」

 自慢ではありませんが、わたしには、霊感というものがまったくありません。

 また大学は賢治の後輩で農学部、いちおう科学を学んだ人間でもありますので、非科学的なことは、あまり信じるほうではありませんでした。

 けれど……。

「土神ときつね」の録音時に起こった出来事は、賢治からのメッセージだったのだと、信じざるを得ないのです。

 科学では説明できませんが、だからと言って否定することもできないのです。

 ここは母音で韻を踏んでいる箇所なのだから、それと分かるようにきちんと区切って読んでほしい。

 それを言えるのは、賢治本人のほかには、誰もいないだろうと思うからです。

 そして賢治が「土神ときつね」で、ことさらに韻を踏みたかった理由は、「土神ときつね」が、激しい恋を描いたおはなしだったからでしょう。

 ヤスの名前を隠したと思しき「やまなし」で「クラムボン」という言葉を提示しながら、「土神ときつね」において激しく韻を踏みつつ恋の感情を表現する。

 賢治は、自らが「クラムボン」である証拠を、自身の作品のなかに残していたのではないでしょうか。

 かくしてわたしは、賢治は「韻を踏む言葉を探す者」であり「クラムボン」なのだと、いっそう確信したのでした。

賢治がヤスさんと訪れ、「やまなし」をはじめ、多くの作品の舞台となった種山が原の芝原で。

 宮澤賢治朗誦伴奏CDにとり組んだことで、『クラムボンはかぷかぷわらったよ』には、「音韻」を根拠とする読み解きを、たくさん盛り込むことができました。

「クラムボン」が「韻を踏む者」で「賢治自身である」という読み解きには、岩手日報社の編集部署の皆さんも納得してくださり、「クラムボン」をタイトルにしようと意見が一致しました。

 そして……本文には書きませんでしたが、このタイトルには、もうひとつ思いを込めています。

 母音で韻を踏むことを念頭に置くと、「かぷかぷ」の母音は「a-u-a-u」です。

 そしてそれは「ヤス」の「a-u」と一致します。

「かぷ」は、「ジャズ」や「羅須」に比べると、「ヤス」とは印象の異なる言葉に感じられますが、きちんと母音で韻を踏んでいるのでした。

 恋をしていたときの賢治は、

「ヤス、ヤス」

 と、跳ねて笑っていたのでしょう。そう、わたしには思われます。

 ◆

 文中に紹介した「土神ときつね」ほか宮澤賢治朗誦伴奏CDは、BASEストアでお求めになれます。

 よろしければ下のバナーをクリックしてご覧くださいませ。

カード決済を希望されない場合は、CDの送り先を明記のうえ、こちらからご連絡ください。代金のお支払いには、「銀行振り込み」または「代引き」をお選びいただけます。

「星めぐりの歌」を歌いやすい洋楽アレンジで

 宮澤賢治朗誦伴奏CD「よだかの星」には、星にまつわる作品を集めています。そのため、宮澤賢治が作詞作曲したとされる「星めぐりの歌」は、どうしても収録しておきたいと考えました。

「星めぐりの歌」の歌詞は、大正7年の夏に家族の前で朗読されたという「双子の星」のなかに、はじめて登場します。曲については賢治の死後、弟の清六さんが記憶を頼りに歌ったものが採譜され、現在に至っています。

 したがって、伝えられている楽譜が賢治の意図や音楽性を正確に反映しているかどうかは、定かではありません。また、その楽譜は音楽家の目で見ると検討の余地があるようで、実際にさまざまな編曲がなされてきました。

 そのなかでわたしどもは、たくさんの方に「星めぐりの歌」に親しんでいただけるよう、より「歌いやすく」アレンジすることを試みました。

◆ビート

「星めぐりの歌」の楽譜の検討は、賢治と音楽に詳しい佐藤泰平さんのご著書『宮沢賢治の音楽』(筑摩書房)のなかでも触れられています。
 佐藤さんは、「星めぐりの歌」には空にも届くような「飛翔するリズム」が似つかわしいとし、3拍子での編曲を試みられています。

 佐藤さんの意図は、じゅうぶんに理解できます。
 たとえばYouTubeなどをご覧いただくと分かるのですが、これまで「星めぐりの歌」は、ゆったりとしたバラードで歌われることがほとんどでした。

 バラードは、ゆったりとしているぶん、声を揃えるのが難しくなります。
 独唱、もしくは鍛えられた合唱団であればともかく、大勢の子どもたちが楽しんで歌うには、あまり向いていないと言えるでしょう。

 そこで朗誦伴奏で演奏を担当するベーシスト石澤由男は、子どもたちや海外の方にも歌いやすい洋楽のリズムをとり入れ、フォービートのスイングするリズムで「星めぐりの歌」をアレンジしました。

 ビートがあることのメリットのひとつは、歌うタイミングが揃えやすい点です。
 国内外の小さな子どもたちが声を揃えて歌うには、ビートのあるアレンジが有効と考えました。

 海外の方にも歌いやすいことは、西洋の文化に憧れを抱き、自らの作品を世界の人びとに理解してもらいたいと願った賢治のこころからも、外れていないと思っております。

◆スイング

 スイングするリズムをとり入れた理由は、賢治が自然のなかを歩きながら作品を書いたことにもあります。

 自然のなかで感動すると、賢治は「ほほーっ」と叫んで跳ねたと伝えられます。
 ジャズでは、2つの音を3連符に分け、「タウタ、タウタ」とスイングします。
 その弾むリズムは、賢治の言葉が持っているリズムそのものではないかと考えました。

 賢治の時代、本格的にジャズを聴くことは難しかったと思われます。
 けれども賢治は、熱心に洋楽に触れるなかで、ジャズのスイングを直感的に理解していたのではないかと思われるふしがあります。

 たとえば「星めぐりの歌」は、つぎのように2番まであります。

星めぐりの歌 
  宮澤賢治

 あかいめだまの さそり
 ひろげた鷲の  つばさ
 あをいめだまの 小いぬ、
 ひかりのへびの とぐろ。
 オリオンは高く うたひ
 つゆとしもとを おとす、

 アンドロメダの くもは
 さかなのくちの かたち。
 大ぐまのあしを きたに
 五つのばした  ところ。
 小熊のひたいの うへは
 そらのめぐりの めあて。

 1番と2番にまたがる歌詞が、「。」ではなく「、」でつながれていることにお気づきでしょうか。
 歌詞はここでは切れておらず、つながっているのです。

「。」の位置が、歌詞の切れ目を表すとすると、この歌詞は、3連で構成されていることになります。

「曲としては2番まであるものを、3連の歌詞で構成していた」ことは、「2音を3連符で表現するジャズのスイング」を彷彿とさせます。
 もしも賢治が、それを意図的に行っていたとするならば、賢治はやはり、貪欲に洋楽に触れるなかで「スイング」というものを理解していたと言えるでしょう。

◆休符

 歌詞と音符の関係をさらに細かく見ていくと、この歌の歌い出しの歌詞は、
「あかいめだまの」
 という7文字で構成されています。

 これをフォービートすなわち4拍子に収めるには、歌い出す前に休符を入れ、
「(ン)あかいめだまの」
 と8文字分にすることが有効です。

 歌い出しの休符は、清六氏の記憶による楽譜にも記されているところです。
 4拍子の楽曲はいまではふつうですが、賢治の時代にはあまりありませんでした。
 けれども冒頭の休符の存在から、フォービートのアレンジは賢治の意図にも沿っているだろうと考えます。

◆歌わなくてよい音符

 現在、多く歌われているバラード調の「星めぐりの歌」では、

「ひろげたーあ わしのつばさ」
「ひかりのーお へびのとぐろ」
「さかなのーお くちのかたち」

 のように、「ひろげた」「ひかりの」「さかなの」の、それぞれの語尾が伸ばされ、音も上がっています。

 伸ばされた「あ」「お」が不自然と感じるのは、わたしどもだけでしょうか。
 そこで我々は歌詞と音符の一致から、この歌が作られた順番を推測しました。

 この歌はおそらく、2番から歌詞が決まっていったものと思われます。

 大ぐまのあしを きたに
 五つのばした  ところ。
 小熊のひたいの うへは
 そらのめぐりの めあて。

「ひろげた わし」「ひかりの へび」「さかなの くち」に相当する部分は、ここでは「いつつのばした」です。

「いつつのばした」は7文字で、「ひろげた わし」などは6文字です。

 したがって「いつつのばした」の「ば」には音が必要で、音符も与えられていますが、「ひろげた わし」などでは、その部分には対応する歌詞がなく、音符も本来、必要がないものだったと考えられます。

 ふつう、曲の一部でだけ使われる音符は( )に入れられ、そのことが指示されますが、「星めぐりの歌」では、そのような指示がなされないままになったのかも知れません。

 もちろん、賢治自身が「ひろげたーあ」と歌った可能性は否定できません。
 ですが今回は、歌いやすさもあわせて考慮し、歌詞のない部分の音符は歌わないアレンジといたしました。

 よろしければお聴きください。

石澤由松(いしざわ・よしまつ)プロフィール

ベーシスト。昭和24年、岩手県北上市生まれ。スタジオミュージシャンとして国内外で活動、童謡から演歌、クラシック、ジャズ、ロックまで、ジャンルを問わない演奏に定評がある。テレビでは、ドリフターズの「8時だよ! 全員集合」でヒゲダンスを演奏していたほか、「小川宏ショー」から「11pm」まであらゆる番組に出演。ステージでは、ジョージ川口、菅野邦彦、木の実ナナをはじめ国内外の多くのタレントと共演。2018年より、宮澤賢治作品の朗読に即興で伴奏を添える朗誦伴奏の活動を始め、自主制作CD「宮澤賢治 朗誦伴奏」シリーズで音楽を担当する。岩手県盛岡市在住。

「星めぐりの歌」は宮澤賢治朗誦伴奏CD「よだかの星」に収録されております。

 CD「よだかの星」は1枚3,080円、送料370円で発送いたします。

 宮澤賢治朗誦伴奏CD「よだかの星」のお求めは各種決済をお選びいただけるBASEストアが便利です。

宮澤賢治朗誦伴奏 これまでの歩み

宮澤賢治の作品を即興演奏とともに朗読する「朗誦伴奏」の活動は、『新版 宮澤賢治 愛のうた』(夕書房)が出版されたのをきっかけに、賢治作品を朗読しながらその恋を紐解く「百年の謎解き」というイベントを開催するようになったのが始まりです。

2019年には、宮澤賢治自身が自作の朗読に即興による演奏を添えたいと願っていたことを、賢治と音楽に造詣の深い佐藤泰平先生にご教示いただき、「朗誦伴奏」そのものを紹介するイベントも開催するようになりました。

イベントは2020年末で通算100回を数えております。

以下は、お世話になった会場とゲストでお招きした演奏家の皆さまの一覧です。多くの会場オーナーさまにお力添えをいただくとともに、ご来場の皆さまには、宮澤賢治についての貴重なおはなしをうかがうことができました。

この場を借りて、こころから感謝いたします。

また、イベントはこれからも続きます。会場オーナーさまにおかれましては、どうぞお気軽にお声をおかけくださいますよう、お願いいたします。

朗読 澤口たまみ 演奏 石澤由男

◆宮澤賢治 朗誦伴奏 イベント 活動の記録
朗読 澤口たまみ 演奏 石澤由男

●2017年

12月26日 盛岡 すぺいん倶楽部 百年の謎解き ゲスト 森田万里子

●2018年

2月16日 盛岡 すぺいん倶楽部 百年の謎解き ゲスト 八木のぶお
4月23日 盛岡 すぺいん倶楽部 百年の謎解き ゲスト 太田惠資
5月18日 釜石 ミッフィーカフェ 百年の謎解き
5月27日 下北沢 ダーウインルーム 百年の謎解き ゲスト K・カピッツァ
6月 9日 新井薬師前 スタジオ35分 百年の謎解き ゲスト 清水万紀夫
  16日 盛岡 すぺいん倶楽部 百年の謎解き ゲスト K・カピッツァ
  30日 茅野 今井書店 百年の謎解き
7月 1日 京都 誠光社 百年の謎解き
  21日 つくば えほんやなずな 百年の謎解き
  22日 麹町 スタジオNOTA 百年の謎解き 
8月10日 盛岡 すぺいん倶楽部 百年の謎解き ゲスト 菅野邦彦
  26日 八戸 スイングストリートカフェ 百年の謎解き 
9月23日 横手 くらを 百年の謎解き
10月18日 盛岡 すぺいん倶楽部 百年の謎解き ゲスト 新井田耕造
   26日 仙台 ポラン 百年の謎解き
11月17日 茅野 今井書店 百年の謎解き
   19日 杉並 Title 百年の謎解き
   23日 一関 石と賢治のミュージアム 百年の謎解き
   24日 栗原 かいめんこや 百年の謎解き
12月 7日 青森 ATOM 百年の謎解き
    9日 盛岡 すぺいん倶楽部 百年の謎解き ゲスト 福士正一
   20日 神保町 ブックハウスカフェ百年の謎解き
12月22日 つくば えほんやなずな 百年の謎解き 

 ※2018年 23回(通算24回)


●2019年

1月13日 熊本 ツタヤ三年坂店 百年の謎解き
  14日 広島 ひだまり保育園 百年の謎解き
  16日 岡山 ルーテル教会 百年の謎解き 協力 おはなしのWA♪
  18日 京都 レティシア書房 百年の謎解き
  19日 京都 誠光社 朗誦伴奏
  30日 八戸 SSカフェ 百年の謎解き ゲスト 八木のぶお
  31日 盛岡 すぺいん倶楽部 朗誦伴奏 ゲスト 八木のぶお
2月 8日 神保町 ブックハウスカフェ 朗誦伴奏
   9日 横浜 イギリス館 百年の謎解き
   10日 松戸 ギャラリーTen→Sen 百年の謎解き
   11日 仙台 ポラン 百年の謎解き
   15日 花巻 花巻市立図書館 宮澤賢治と自然
   17日 登米 One world 百年の謎解き
   25日 盛岡 すぺいん倶楽部 朗誦伴奏 ゲスト 太田惠資
 3月 3日 新桜町 ポトラ 百年の謎解き 
 4月 4日 神保町 ブックハウスカフェ 朗誦伴奏
    5日 松本 栞日 百年の謎解き
    7日 横浜 ともだち書店 百年の謎解き
   12日 盛岡 すぺいん倶楽部 朗誦伴奏 サックス 西部邦彦
   13日 西和賀 キッチン開 百年の謎解き
   14日 仙台 SENDAI KOFEE CO. 百年の謎解き 
   20日 一関 馬土農園 百年の謎解き
 5月18日 函館 YWCA 百年の謎解き
   19日 札幌 dingdong 百年の謎解き
   25日 釜石 釜石市立図書館 宮澤賢治と自然
   31日 神保町 ブックハウスカフェ 朗誦伴奏
 6月  1日 松戸 ギャラリーTen→Sen 百年の謎解き
    2日 つくば えほんやなずな 百年の謎解き
    7日 盛岡 すぺいん倶楽部 朗誦伴奏
    8日 一戸 一戸保育会 百年の謎解き
   22日 北杜 薮内正幸美術館 朗誦伴奏
   23日 甲斐 敷島書店 百年の謎解き
   29日 五所川原 ふゆめ堂 百年の謎解き
 7月 6日 西和賀 キッチン開 百年の謎解き
    7日 西和賀 キッチン開 百年の謎解き
   13日 京都 レティシア書房 朗誦伴奏
   14日 倉敷 つづきの絵本屋 百年の謎解き
       岡山 スロウな本屋 朗誦伴奏
   15日 姫路 おひさまゆうびん舎 百年の謎解き
   16日 守山 守山市立図書館 百年の謎解き 
   17日 横浜 アートスペース「と」 百年の謎解き
   18日 神保町 ブックハウスカフェ 朗誦伴奏
   20日 西和賀 キッチン開 百年の謎解き
   28日 盛岡 岩手西北医師会 朗誦伴奏
 8月23日 盛岡 すぺいん倶楽部 朗誦伴奏
   24日 西和賀 キッチン開 朗誦伴奏
   25日 栗駒 かいめんこや 朗誦伴奏
   30日 神保町 ブックハウスカフェ 朗誦伴奏
   31日 北杜 薮内正幸美術館 朗誦伴奏
 9月 1日 那須塩原 ネコノジムショ 百年の謎解き 
   14日 仙台 となりのえんがわ 百年の謎解き 
10月 5日 北杜 薮内正幸美術館 朗誦伴奏 
   14日 海老名 岩手県人会 百年の謎解き
   15日 神保町 ブックハウスカフェ 朗誦伴奏
   18日 盛岡 すぺいん倶楽部 朗誦伴奏
   19日 一関 石と賢治のミュージアム 百年の謎解き/朗誦伴奏
   20日 栗駒 かいめんこや 朗誦伴奏
   21日 松戸 ギャラリーTen→Sen 百年の謎解き
   22日 那須塩原 ネコノジムショ  百年の謎解き
   26日 西和賀 キッチン開 朗誦伴奏
11月14日 修善寺 Cotori 百年の謎解き
   15日 北杜 薮内正幸美術館 朗誦伴奏
   17日 築館 こんちゅう館 宮澤賢治のこんちゅう世界
12月 5日 西和賀 南昌寺 朗誦伴奏
   18日 盛岡 きのえね本店 百年の謎解き
   20日 神保町 ブックハウスカフェ 朗誦伴奏
   21日 那須塩原 ネコノジムショ 朗誦伴奏

 ※2019年 66回(通算90回)


●2020年

 1月11日 岐阜 岐阜市立図書館メディアコスモス 吉成信夫氏と伴奏つき対談
   12日 京都 マヤルカ古書店 朗誦伴奏
   14日 修善寺 Cotori 朗誦伴奏
   24日 盛岡 すぺいん倶楽部 朗誦伴奏
 2月 1日 宮城 となりのえんがわ 朗誦伴奏
   20日 神保町 ブックハウスカフェ 朗誦伴奏
   22日 つくば えほんやなずな 百年の謎解き
 7月17日 盛岡 盛岡少年院 朗誦伴奏
10月30日 盛岡 盛岡少年院 朗誦伴奏
12月 5日 矢巾 CAFE Ojacco 朗誦伴奏

 ※2020年 10回(通算100回)


●2021年

 1月24日 盛岡 すぺいん倶楽部 朗誦伴奏
 2月 5日 雫石 コーヒー焙煎 風光舎 朗誦伴奏
 2月20日 矢巾 CAFE Ojacco 朗誦伴奏
 4月29日 矢巾 CAFE Ojacco 朗誦伴奏
 5月 1日 雫石 コーヒー焙煎 風光舎 朗誦伴奏 
 6月26日 矢巾 CAFE Ojacco 朗誦伴奏
 7月10日 盛岡 南昌荘 読書会
 8月14日 盛岡 南昌荘 読書会
 10月23日 矢巾 CAFE Ojacco 朗誦伴奏
 11月20日 盛岡 南昌荘 読書会
 12月11日 コーヒー焙煎 風光舎 朗誦伴奏
 12月18日 盛岡 南昌荘 読書会

  ※2021年 12回(通算112回)

●2022年

 1月22日 矢巾 CAFE Ojacco 朗誦伴奏
2018年6月16日 於 盛岡 すぺいん倶楽部